■寅彦帳 過去帳(3)■

■2006.06.17 【中谷宇吉郎著「娘の結婚」】
 中谷宇吉郎著『中谷宇吉郎集』第8巻(岩波書店)収録の「娘の結婚」(昭和31年10月『文藝春秋』)がかなり面白いと思うので紹介します。読んで、読んで!! その名の通り、宇吉郎の長女咲子とアメリカ人青年トムとの結婚に関するアレコレを書いた随筆で、アメリカのことや国際結婚のことにも触れられているのですが、何が面白いって結婚披露宴の話ですよ! え、この人も招かれてるの? といった面々の様子も描かれていて非常に興味深いです。その経緯を簡単に書くと…。

 アメリカで結婚した後、新婚旅行で日本に来た咲子とトム。宇吉郎「
娘ばかりの家で長女が結婚したわけであるから、一応の披露はしなければなるまい」→中学の先輩で当時の帝国ホテル社長・犬丸徹三氏に相談。宇吉郎「そうひどく体裁が悪くなくて、しかも東京で一番安いところはどこでしょう。」犬丸「それはうちだよ。宴会係によく言っておくから、巧くやって貰え」会場は帝国ホテルに決定

 楽しい宴会にするためには司会者が重要→今の日本で最適任者と思われる小林勇に誰がよかろうかと相談。小林(一寸考えて)
「それは一寸むつかしい。しかたない、俺がやってやろう。」司会者は小林勇に決定
 宇吉郎「
小林勇は、名葬儀委員長として、既に令名がある。露伴先生とか、茂吉先生とかいう級の人になると、御弟子も多く、世間的にもいろいろかかわり合いがあって、葬儀委員長はなかなかむずかしい。そういう場合に、勇だと巧くまとまるのであるから、大したものである。露伴先生の葬儀委員長さえつとまるのだから、うちの娘の結婚披露の司会くらい何でもなかろう。少しもったいないが、折角言ってくれたのだから、全部任すことにした。」相談する前から任す気だったでしょ?(笑)

 カクテル・パーティが始まると、まずは安部能成が上機嫌で挨拶。謡で鍛えた立派な声はマイクいらず。
 壁際の椅子に腰を下しながら、たいへんな上機嫌で安部の挨拶に一々半畳を入れる小宮豊隆
 
 
アメリカの連中も少しきていたので、誰か一人、英語の挨拶も入れよう坪井忠二が二つ返事で承知。
 英語演説に対抗して(?)サイデンシュテッカー(『細雪』の翻訳者)が日本語で挨拶。
 (挨拶の)
最後に、「まことに芽出度い結婚であるが、私のような良い独身者がいるのに、何の挨拶もしないで、さっさと結婚したことだけは、不満だ」とつけ加えた。そしたら、小宮さんだったか、「嘘をいってるよ、ちゃんと横に細君がいるじゃないか」といわれた。しかしそれは先年までノースウェスタン大学の教授だったバッシン氏の夫人であった。

 トムは携帯用原子炉を造る部門へつとめることになっている→日本の原子力委員によろしく頼む→藤岡由夫が「
カクテル一杯で汚職になってはつまらないが」と前置きをして大演説。

 …等等、4時から6時の2時間という限られた時間の中で
「俺にも一言喋らせろ」というのが多くて「三分だけ、いいですか、三分だけに願いますよ」と汗だくで奮闘する司会者・小林勇それでも流石名司会者、6時に荒木栄吉に乾杯して貰い見事に切り上げたあまりに話の方が面白かったので、誰もものを食べるひまがなかった。それで散会したあとには、ホテルの折角の御馳走が、大分残っていた。
 帝国ホテルの御馳走…! も、もったいない…! 私も食べたい…!(笑)

 この披露宴、濃ゆい面々が揃っていそうだなぁ…。多分、小宮は2時間ずっと半畳を入れていたのではないかと思います(妄想)。楽しかっただろうなぁ。

 この披露宴に出席した坪井忠二藤岡由夫について、『寺田寅彦全集』第1巻 月報1(1996年12月)に掲載の中野猿人著「寺田寅彦先生の想い出」にも書かれていました。23歳の中野は寅彦(54歳)の家を初めて訪ね、海洋学の指導をお願いしたとか。以下、中野の文章を引用。

 ある日研究の進捗状況をご報告して後、雑談になった時、「研究生活には癇癪が伴いやすいから、それを抑えるのに何か道楽を持つことが大切だ。君は音楽は嫌いか。実は理研の藤岡由夫君と震研の坪井忠二君でトリオを組んで練習している。藤岡君はチェロ坪井君はピアノ(寅彦)はヴァイオリンだ。そこで君がヴィオラで参加してくれればクワルテットができるんだが」とのお言葉でした。

 そうそう、そうでしたよ! 寅彦って「博士トリオ」の名で音楽を楽しんでたんだっけ! 中野は事情があってヴィオラではなくヴァイオリンを習い始めることになったそうなので、カルテットにはならなかったのかな。寅彦の師匠でもある小石川戸崎町の水口先生を紹介してもらい、寅彦の没後も、戦後も、稽古は長く続いたそうです。博士で音楽家でトリオ…! ステキな響きですよね!(また妄想に花が…。)

■2006.06.17 【父・利正】
 2006.04.10に寺田寅彦の父、寺田利正についてあれこれ書いたのですが(過去帳2参照)、利正と井口村事件については岩波書店1996年刊の『寺田寅彦全集』第1巻の解説に詳しく書かれていました。私の目は節穴か。(まぁ、初めて読んだ当時、利正にも井口村事件にも興味がなかっただけなのだと思いますが…。)
 この解説、「『団栗』の背景について」と題した安岡章太郎氏によるもので、例の寅彦の文章(『渋柿』大正11年4月掲載の「
安政時代の土佐の高知での話である。」で始まる短文)もきちんと引用。何でこの文章を見落としてたんだ…(やっぱり節穴)。相も変わらず不勉強なので見落としていたのですが、安岡氏はこの話が「安政時代」のこととして書かれていることに注目しています。私は幕末の時代的な雰囲気について疎いのですが、安岡氏の文章を読んでいると、いちいち「なるほど」と思えたので引用してみます。知っていることが多いと同じ作品もより深く味わうことができるのね…と、反省したり羨ましがったり(そんな風に思う暇があったら勉強しろよ)。

 
寅彦は、この話を「安政時代」のこととしているが、じつはこれは安政でも万延でもなく、文久元年三月桃の節句に起ったことだ。(中略)この無題の短文がかなりの虚構と複雑な内容をもっていることは、冒頭にこれを「安政時代」の話だとした点からも感じだれるだろう。安政と文久の差は、年数としては僅かなものだが、時代の空気は決定的に異なる。だからこれは不注意の誤りではなく、意図的に上士下士の対立や尊攘運動などをボカすためにとられた措置と考えた方がいいだろう。(pp.340-341)

 そしてちょっと気になる情報も。

 山田一郎の『寺田寅彦覚書』(一九八一年)によれば、夏目漱石の『それから』の父と子の対立は、寺田利正と寅彦の間柄をモデルにしたものらしい。私(安岡章太郎)自身は『それから』の代助と父親の関係は、志賀直哉と父の不和を見て写したものだと思い込んでいたから、この山田氏の説には意表をつかれる気がした。山田氏によれば、漱石は『それから』を書くに当って、武士の家の内部の様子をしらないので、寅彦からその昔の家庭生活の模様などこまごましたことを訊き出した。その際、井口村事件の模様なども興味をもってきいたはずだという。(p.342)

 『それから』は読んだことがないのですが、そういわれると気になるなぁ…。ずいぶん昔、松田優作主演の映画はテレビで観たことがあるのですが。

 以前、「安岡章太郎のいとこが寅彦の姉からこの話をきいていた」という情報はいただいていたのですが、安岡の書いた何らかの文章をきちんと読んだことはなかったので、非常に興味深かったです。安岡家と寺田家は縁があるものの、私自身がちゃんと把握できていないので(特に安岡家側)、その辺がうまく書けないのが残念なのですが…すみません。以前本をたよりに家系図を書いてみたことがあるのですが、それを見てもやはりよくわからない…。えーと、勉強します。気が向いたら…。←コラ!

■2006.06.17 【TBS愛の劇場『吾輩は主婦である』/その6/第16〜20話】
 恋をしたり、失恋したり、パソコン買ってもらったり、スカウトされたり、デビューしたり、楽しい1週間でした。

 恋する漱石。娘のこという前に奥さんどうしたのよ、先生!
 非常に短い春でした。(昼ドラ的?)
 お釜に顔を突っ込んではいけません。
 コウジ君豹変? (まぁ、若い男子だからねぇ。) まゆみピンチ。
 みどりさん、まゆみ、別々にスカウトされる。まゆみはピンチかもしれませんが、先生は大丈夫ですよ。
 今時ブルセラって…。(今でもあるのかしら?)
 あぁ、パソコンそんな風に強制終了しまくっちゃだめですよ、先生!!
 編集担当は情熱家! ヌケてるけど…。
 雑誌、新聞、テレビにデビューする嫁。嫉妬する姑。(昼ドラ的?)

 残念ながら今週も寅彦の名前は出てきませんでした。
 みどりさんのメイド服にすっかり慣れてしまった今日この頃。

■2006.06.12 【マンガ/久世番子著『暴れん坊本屋さん』第2巻 新書館】
 『暴れん坊本屋さん』という、楽しい、本屋に興味のある人には非常に興味深いマンガを読んでいたら、著者の久世番子さんが高校時代に芥川×堀辰雄の文士やおいを描いていたということが書かれていました。しかも室生犀星を交えた三角関係…! そ、そう来たか! と衝撃を覚えつつ、高校時代に使っていた国語の図説で3人の経歴などチェック。なるほど、なるほど。それにしても、その「文士やおい」とやらがどんな作品なのかちょっと気になっていたりして(笑)。

 そういえばドラマ『吾輩は主婦である』で漱石が芥川の写真を見て「顔長っ!」みたいなことを言っていた気が…。そんなに長かったっけ? と思ってネットで検索してみたら、結構長かった…(苦笑)。個人的には大正初期頃(帝大在学前後)の坊主頭の写真の芥川が好きです。完全に作家になった頃の写真も悪くないのですが、学生の頃のほうがかっこいいというか、さわやかっぽいというか(若い?)。それに、ついつい「夏目先生の家に出入りしていた頃かぁ」と妄想を膨らませてしまうというか、見ていて楽しい写真なのです。きっと、夏目門下のことを知れば知るほど、より一層味わい深いものになるのだと思うのですが、それはまだまだ先のことになりそうです。

 ところで、我が家の取っている新聞に夏目漱石に関する文章がちらりと載っていました。漱石自身は英語教師だったにも関わらず『坊っちゃん』の主人公は数学教師、教え子である寺田寅彦と物理の話もしていた云々。結局のところ、現代の理科離れについてを語った文章だったのですが、寅彦の名前が出ていてうれしかったです。えーと、それだけの話です。

■2006.06.12 【TBS愛の劇場『吾輩は主婦である』/その5/第11〜15話】
 休み中に第11〜15話をまとめて見ました。

 芥川の「ぼんやりとした不安」という言葉に共感する漱石。
 嵐の句会。
 メイドに身をやつす漱石。
 前世は魚屋?
 純情三冠王やすこ。
 コンパスと根性焼。
 編集者に原稿でなくゲンコをくれた漱石。
 W不倫?
 やすこ豹変。愛がすべて。
 娘は難しいお年頃。
 一人称「吾輩」定着。

 来週は恋愛小説に着手…?!

 芥川の名前が出てくるのに、寅彦の名前が出てこない…! どうゆうこと?! 知名度?!(涙)
 それでも、いつの日か寅彦の名前が出るのではないか、出るのではないか、と心待ちにしています。期待するたびに、職場の同僚が聞かせてくれた「人偏に夢と書いて『儚い(はかない)』…人の見る夢なんて、儚いものですよね」という言葉を思い出します。ま、負けないもん!

 うっかり第8〜10話について書き落としていましたが、ちゃんと見ましたよ!
 やすこの子供の作文「お母さんは○○してくれます。本当です。お母さんは○○です。本当です。」と、「本当です」ばかり繰り返しているところが面白かったです。絶対嘘だ…。無理やり書かされているんだな…。

■2006.05.30 【TBS愛の劇場『吾輩は主婦である』/その4/第6〜7話】
 第6話。
 夫を「赤パジャマ」と命名。
 正岡子規の名前が台詞に出てきてドッキリ。37歳というともう子規は亡くなっているのですが…。
 みどりさん(中身は漱石)の周りを見下すような目つき(視線)が好きです。そう、それだよ! と、膝打ち中。

 第7話。
 「出前一丁」に感動する漱石。プリンに感動する漱石。小学生の子供に作文指導する漱石(母性目覚めつつある?)。そして作文の評価に納得いかない漱石。
 友達はいるのかという問いに対するみどりさん(中身は漱石)の答え→@高浜虚子、A正岡子規
 真っ先に虚子ってどうゆうこと?! 友達っていうならその順番逆じゃない?! むしろ中村是公とか言ってほしかった…!(視聴者がぽかんとしちゃうか。) 虚子が友達なら寅彦も入れてよ!(ここ、最重要。) 等等、心の中で激しくツッコミを入れつつも楽しんで見ました。「母親が3人いる」話にほろり。(知ってはいたけど本人が説明するとなると切なさ倍増。)
 ところで、明治じゃない世界にいることを知って驚きまくっていたけれど、旧千円札に印刷されている肖像ってこの作品の設定である37歳よりも後のものだから、「こんなに老けていない!」とか思わないのかしら…? それ以前にお風呂どころか毎日の着替えは大丈夫なの…?(着替えるたびに卒倒してない?)
 いつか「寺田(寅彦)はこないのか?!」とか、台詞に寅彦の名前が出てこないものかドキドキ夢見ています。期待過剰?

■2006.05.29 【TBS愛の劇場『吾輩は主婦である』/その3/第2〜5話】
 好きな色はベージュ…!(みどりさん:主婦) ぺ・ヤングンってぺヤング…?

 休みを有効に使って1週間分録りためた『吾輩は主婦である』を見ました。楽しかった! 全40話もつきあいきれるかな、と心配していたのですが、この調子なら最後まで楽しめそうです♪ 今回見ている間、段々漱石が乗り移っていくあたりからドキドキし通しでした。先生、いつ? いつ出てくるの? って(笑)。そして夫の「先生、お名前は…?」の問いに「吾輩は夏目漱石である」と答えるみどりさん…! きゃ〜! でも、個人的には「夏目金之助である」と言ってほしかった! まぁいいか、脳内で変換しておけば。←いいのか。

 みどりさんが『漱石全集』を手にする場面で思ったこと。「そんな美本、ワゴンセールに出さないよ!」←むしろ私に売ってくれ(笑)。小学生の子供の漢字の宿題を見て、間違いを怒りまくるみどりさんがツボでした。夏目先生怒るときにそういう言葉(「JapaneseがJapanese languageを使えんでどうする!」みたいな言い回し)使いそう。伸六君とか、そういった言葉で怒ってそうな気が(妄想)。

 ミュージカル・ファンとして、喫茶店「ジャン・バルジャン」っていうのもツボでした。いわずと知れたビクトル・ユゴー著『レ・ミゼラブル』の主人公の名前ですね。店内にミュージカル(東宝)のポスターが貼ってある…! 川平滋英さんが演じるマスターの暑苦しく胡散臭い雰囲気、大好きです! ミュージカル『モンナシーヌ』って…。衣装は『マイ・フェア・レディ』っぽいのに、歌詞は「文無し」…どこまで行っても「銭」ですね…(苦笑)。
 それにしても、スナック「ふきでもの」のすさみっぷりがすごい…! 煙草の煙の量もすごい…!

 気づいたら、立派な公式サイトができていました。レトロな雰囲気が嬉しい。
 TBS→http://www.tbs.co.jp/ainogekijyo/syufudearu/

■2006.05.28 【『寺田寅彦全集』第20巻 日記(大正4年〜8年)】
 日記の中でも夏目先生が亡くなったり、2番目の妻が亡くなったり、3番目の妻を迎えたり、胃潰瘍で吐血して東大病院に入院したり、かなり重要な時期のものです。寅彦だけでなく、家族みんなの病歴が綴られているような…。ページをめくるたびに「熱」やら「安静」やら見られるような気が…。お大事に(涙)。

 大正4年8月13日(金)寅彦日記より
身長 胸囲
寅彦   五尺五寸九分  二尺九寸〇  五二一
東一   四尺一寸七分  二尺〇寸三分  四九〇
正二   三尺八寸四分  一尺九寸一分  五〇〇
弥生   三尺〇寸七分  五(ママ)
雪子   二尺二寸六分  一尺五寸五分  五八五
母上   四尺八寸二分
寛子   四尺八寸七分
貞子   五尺〇寸五分

 え〜と…。「比」って何…? 胸囲÷身長で計算しても微妙に違う気がするのですが…? 体重ってわけでもなさそうだし…? この値についてご存知の方、いらっしゃいますか?

 1尺=30.3cmとしておよその値に換算してみました。小数第2位を四捨五入しました。年齢は数えです。ちなみに、三女雪子はこの年の2月27日に生まれたばかりなので、8月というと6ヶ月弱の赤ん坊です。
年齢  身長(cm)  胸囲(cm)
寅彦 38 169.4 87.9
東一(長男) 9 126.4 61.5
正二(次男) 7 116.3 57.9
弥生(次女) 4 93.0
雪子(三女) 1 68.5 47.3
母上 146.0
寛子(ゆたこ/妻) 147.6
貞子(長女) 15 153.0

 確かに、この時代としては寅彦は長身かも。

■2006.05.28 【苺/雑談】
 苺を見るたびに寅彦のことが頭に浮かびます。私も苺大好き、ウフフ…とか。(いつもの病気ですから大目に見てやってください。) そろそろ今年の苺の季節が終わりなのか、スーパーの店頭に並んでいる苺も、粒が小さくなってきたように思います。今日母が買ってくれた苺は、あまりにもすっぱいということでジャムになりました。遠い昔、近所の人が作っていたのを思い出しつつ勘で作ったのですが、勘で作ったわりにはおいしくできました。いつもはほとんどしないロシアティーを試してみたところ、苺の甘酸っぱい香りと、甘みを思いのほか楽しむことができました。満足、満足。たまには手作りのジャムもいいものですね。スコーンを食べたくなりましたが、夕食後だったのでやめておきました。また次の機会に。

 夏目先生の文章を読むと「明治だなぁ」と思い、寅彦の文章を読むと「大正らしいなぁ」と思い、中谷の文章を読むと「昭和だな」と思います。何となくですが、それぞれの時代の雰囲気があるという気がします。時代性と一言で片付けられるものではなく、それぞれの個性もあるし、人生経験、学問分野、趣味ももちろん影響しているとは思うのですが、それでもその時代が作者に影響を与え、さらにその作品に表れているというか…。きちんと説明するのは難しいのですが、夏目先生の作品(特に小説)の明治っぽさが私にはどうも難しく、中谷の昭和っぽさ(特に戦後の社会批判的な文章)が時に時に苦々しく感じられることがあります。寅彦はお坊ちゃん育ちでそれほど金銭に困ることなく、知識階級として生涯を送ったということももちろん影響しているのでしょうが、その視点や淡々とした文体が私には読みやすく、面白く感じられるのです。

■2006.05.23 【TBS愛の劇場『吾輩は主婦である』/その2】
 忘れないうちに録画予約をしました。操作ミスがなければ1話以外全部録画できる…はず。しかし第1話が欠けてしまったのが甚だ残念です。
 仕事があるので放送しているのを見ることはできないかな、と思っていたのですが、ちょうど昼休憩をとっていたときにテレビのチャンネルが合っていました。ドキドキしながら見たものの、どうも他の人がいると思うと余計にドキドキして集中できず、休憩時間もそのまま終わってしまい、きちんと見ることができませんでした。弱虫。でも、何だか、こう、相手が夏目先生(が乗り移る人)だと思うと…。
 ところで、クドカン(脚本家)がビールのCMに出ていますね。ちょっと嬉しい今日この頃です。

■2006.05.22 【TBS愛の劇場『吾輩は主婦である』/その1】
 わぁぁぁ!! 今日からだったのにすっかり見忘れていました! たった今(現在午後9時半)思い出しました。ショック…。今日は日曜日の気分でいたのですが、月曜日でした…。1日あれこれ雑事にかまけていたら、いきなり初回から見忘れました…。雑事なんて今日やらなくてもよかったのにぃ!(それもどうかと。)
 ショックをかくしきれないまま、とりあえずTBSのサイトを紹介しておきます…。ご覧になった方、いかがでしたか?
 TBS→http://www.tbs.co.jp/program/syufudearu.html

■2006.05.12 【明治三十二年仲秋 〈貧に処す壁に夜寒の影法師〉 寅彦】

 『寺田寅彦全集』第18巻口絵より。明治32年というと寅彦数えで22歳、第五高等学校卒業、帝大入学、正岡子規と初対面した年。背景に椿の花を描いてみました。うまく描けなかったのでモザイクをかけてごまかしてしまいましたが。
 図書館で全集18巻、19巻を借りてきました。日記編の最初の2冊です。18巻は明治25年〜明治37年、19巻は明治38年〜大正3年、夏目先生の記述がありそうなのでワクワクしております。それに、留学時代の日記も面白そう。後世でこんな風に読まれるとは思わずに書いたのでしょうから、単なる好奇心で読むのも申し訳ないような気もしますが、ありがたく読ませていただきたいと思います! わぁい!(これって書簡編の時にも同じことを書いた気が…。)
 岩波文庫の『野上弥生子随筆集』も借りてきました。野上弥生子の本を手に取るのは初めてなのですが、もちろん「夏目先生の思い出」「寺田さんのこと」が目当てですよ! こちらも楽しみ。

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